「なんじゃこりゃ〜」


僕は、ついつい、日本語で言ってしまった。


パトゥムターニー県での講演を終えて、タイのゲーテ先生のバンコクのご自宅にて一泊させてもらったときのことである。

先生はロッブリーだけでなく、バンコクにも家がある。

しかも、あまりに尋常じゃない大きさ。

ついつい、「なんじゃこりゃ〜」と声がでてしまった。



バンコクの高級住宅地の中にたつ、最高級コンドミニアム。

そこの最上階すべての敷地が先生のご自宅。

部屋数なんと20以上。

もちろん全ての部屋には、トイレ・シャワー完備。

素敵なテラスが何個もあり、そこからバンコクの夜景を眺めることができる。


元々は王室が使っていたもので、それを先生が買い取ったのだという。

ニウェートさんによると総額数十億は…

いや、はや。






「ここは王室の誰々が使用していた部屋…

ここはその周りの者達が仕事をする部屋…

ここは使用人が宿泊する部屋…ここは…」


次から次へと出現する扉。

ニウェートさんに案内される。

ということで、僕はせっかくの機会なので、王家が使用していたシャワーをあびる。



気分はすっかり王家の一員。

鼻歌もどこか高貴な雰囲気を漂わした。


リビングでは、先生とゆったりビールを呑む。

「先生、この家には、月にどれくらい、いらっしゃるんですか?」

「そうだな。3日くらいかな。1週間以上はいられないな。ロッブリーも同じだよ」

それ以外は、他県か他国へ、仕事に行っているのだ。

「でも、ロッブリーが一番落ち着くな」

そう先生はおっしゃていた。

僕からすれば、バンコクのこの家は十分に落ち着く気がする。


テレビに国王が写し出された。

「そういえば先生は、王様とお会いになったことがあるんですよね」

「ああ。あるよ。やはり人徳のあるお方だよ」

「へえ」

「まあ、俺も先祖は王室の親戚筋なんだけどね」

なるほど。

この生活の別次元さや人柄のおおらかさは、そういうことに起因しているのか、と思いつつビールをかたむけた。

先生は気さくな方で、とある県の超有名な公園の地主さん(先生でもある)も交えて、笑いの絶えない一晩を過ごした。



次の日のバンコクの朝は、なんとも清々しかった。


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「嫌だ、嫌だ」

そう言いながらも、人々からうながされれば前に出て、そして、なんだかんだで気持ちよくしゃべる。

僕は、振り返ってみると、中学の頃からそうだった気がする。

まあ、至極控えめな僕は、あくまでも"促されれば"という話である。


バンコクの隣県パトゥムターニー県での教育セミナーにて、「理想の教師」というテーマで講演をしてほしいと頼まれたのは、3月のことだった。

以前、「タイ・ロッブリーのゲーテ」として紹介した先生にである。


「リョウタ。6月に行われるASEANに関する教員セミナーで、日本・タイの教育を比較しながら、理想の教師について話をしてほしいんだ」

「もちろんうれしいですが、ただ、僕は日本で教員の仕事をしたことありませんよ」

「それはそれで構わない。教員はやってないかもしれないが、リョウタはどこで教育を受けた?」

「もちろん日本ですが…」

「そうだろう。ならよく考えて、データを集め、自分なりの答えを出してもらえればいい。当日は、数百人のタイの教員が来る。そこで、1時間半ほど話してくれ」


なんたる光栄。

もちろん快諾した。

「まあ、発表まで3ヶ月くらいあることだし…」みたいな、いつもの悠長な構えも丸出しだった。


で、いつもの通り、日々はあっという間に過ぎる。

相変わらず、追い込まれるまでやらない性格。

ギリギリではじめた準備では、なかなか適切な"メッセージ"がみつからず、大変大変。

前日はほとんど寝ずの準備だった。


とはいえ、きついのは準備までのこと。

発表本番になれば、あとは、自分のその場の雰囲気にあわせての自由なステージだ。



プレゼン時の会場からの反応というのは、何事にも代え難い、快感である。

おそらく芸人というのは、人を笑わせて受けるこの感覚に、病み付きになっているのだろう。


僕は別に芸人じゃないが、会場からの反応にしたがってノってくる。

ステージの上で体が勝手に動き、言葉は自由に口から出てくるようだ。(ま、写真はパソコン見てるけど…)



でも、頭はえらく冴えている。

こうしてあっという間に、1時間半の講演を終える。


「おもしろい発表だった。重要な指摘がいくつもあって、刺激的だった。ありがとう、リョウタ」

タイのゲーテ先生がそう言って、握手をしてくれた。

なんとも嬉しいお言葉。こちらこそ、貴重な経験ができて、楽しかったです。


で、実は今回の発表。

日本の教育に関する具体的な部分は、高校の恩師をイメージして組み立てた。

かつて、何度も何度も訪問した先生の家で、交わした対話。

数年たって、こうしてタイの人々に伝えることになろうとは、思ってなかった。

残念ながらその先生に聴かせる機会は失われたが、まあ、多分どこかから見てたことだろう。

「まだまだ甘いなぁ。若曽根! ぜんぜん分かってねえ。わっはっは」

そんなこと言ってるにちがいない。








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